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新田恵利のKINDCARE Posts

垣間見た寝たきりの辛さ

先月、脳動脈瘤の手術をした。
2013年の脳ドックで見つかった後、経過観察を続けていた。ずっと大きくならなかった腫瘍が昨年の5月から今年の5月の間に倍近くの大きさになっていた。
原因は大きな生活環境の変化やストレス。思い当たること、ひとつ、ふたつ…とは言え、現代社会においてストレスのない生活などあり得ない。

私の手術は鼠径部(そけいぶ)からのカテーテル手術。術後、鼠径部(そけいぶ)を曲げてはいけないので寝返りがうてない。
トイレもダメ、食事もダメ。ひたすらベッドの上で安静にしていなければならない。
麻酔がきれて頭がハッキリすればするほど、動かせない辛さを感じ始めた。既に寝たきり10時間…手術時間を含めてだが、寝たきりには変わりない。
枕がないのが特にツライ。枕…枕…とお願いしてやっとお許しが出た。
その枕がとても気持ち良い!!あまりの気持ち良さに旦那に頼んでメーカーを書き留めて貰った。退院したら必ず買おう!と心に決めた。
頭と首が楽になると、辛い体勢が気になる。お願いして姿勢を変えて貰う。
と言っても、真っ直ぐに伸ばしたままの身体の右下に枕を入れただけ。動かないよりはマシな程度。それでも辛さは半分になった。

たった一晩、動けなかっただけで、この辛さ。
寝たきりになった母の辛さは想像つかない。今では何の苦労なく寝返りをうてる母だが、寝たきりになった直後は自力で体勢など変えられなかった。
ここまで良く頑張ったと思う。たくさんの方の手を借り、そして何より本人が頑張った。
今も頑張り続けている母だけど、いつの日かまた、動けなくなる日が来るだろう。その時は少しでも苦痛が和らぐよう、今回出合った枕を買ってあげよう。
寝返りを支えてくれる枕を…。

やはり人は自分が体験しないと理解できない。
本当の意味で母の辛さは理解出来てはいないけど、心あらたに、母に優しく出来る自分でありたい。

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人生後半を楽しむ住まいとは

今年は紫陽花の色付きが早い気がした。これから雨露に濡れ、本当に美しくなる。

さて先月「終の住処」をテーマにした。
そんな時、ふと手にした雑誌に「人生後半を楽しむ住まい」と題して、住居を紹介した記事が載っていた。
その中から3つ、気になった住居を紹介しようと思う。

一つ目は、全米で最も住みやすい都市と言われているポートランド。そこにある高齢者住宅「チェリーウッドビレッジ」は、自立型・支援型・認知症ケア型と異なる3タイプの住居の複合型シニア住宅だ。
東京ドーム1個分くらいの敷地に複数の棟があり、平均年齢83歳、500人が暮らしている。近くには病院とショッピングセンターもあり、生活はとても便利らしい。
介助を必要としない自立型の場合だと、ワンルームからペントハウス、庭付きの一軒家タイプまで用意されている。ジムやカフェテリアは地域住民にも開放している。
とある夫婦の場合、奥さんは認知症ケア住居で暮らし、旦那さんは自立型住居で暮らし、旦那さんは毎日奥さんの所へ会いに行くという。
「スープの冷めない距離」とは独立した子供と親の関係を表す時に理想とする距離のことらしいが、
お互いに大変な老老介護にも言える距離かもしれない。

次の「コロンビアエコビレッジ」は共同住宅。
各自の居室の他に共同の食堂や農場を持ち、1つのコミュニティとして生活を送っている。若い女性から80代の単身女性まで。月に9時間のボランティアを行う事をルールとし、1人ではない安心感や個人では持てない広い農場を楽しんだりと、それぞれがここの暮らしを楽しんでいる。

そして最後は、都心の交通にも便利で階下にはスーパーが入っている大規模賃貸マンション。20代から90代までが暮らしている。普通の賃貸マンションと異なるのは入居者同士の交流する場所が充実しており、ラウンジを始め15カ所の共有スペースがあるらしい。都市型ライフとしての選択だ。

日本での話だが、23年前、私は友人と共にマンションを借りようとした。その頃では珍しく、そして難しい事だった。不動産屋でも大家さんでも、ことごとく断られた。
今では若者の流行となり「シェアハウス」と言われ、シェアハウス専用の建物が建ち、友人でなくても簡単に他人と暮らせる時代になった。

終の住処も、ここ数十年で大きく変化したのだろう。特別養護老人ホームという名前が最初に使われたのは昭和38年のこと。時代は流れ、人々のニーズに応え変化した。
そして20年後? そう遠くはない将来、私達の終の住処は、どの様な選択が出来るのだろう。

どれだけ選択肢が増えようとも、最後までどう生きていきたいか?を自分で決めておかなければ、施設やサービスを上手く活かせない。
今から機会を見つけて様々な施設を勉強しておく事が、親の為に、ひいては自分の為になるのかもしれない。

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終の住処のこと

ゴールデンウィークも終わり、そろそろ一年の半分が過ぎようとしている。

さて突然だが…「終の住処」について考えた事があるだろうか?両親の最後はいったいどこで?
自宅?老人ホーム?くらいしか知識がなかった私だが、先月、友人のお母様が「サ高住」へ入居。 初めて聞く言葉だった。
友人の説明を聞きながら、終の住処への興味が湧いたので、簡単に勉強してみた。

介護付、住宅型、健康型の有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅。高齢者専用賃貸住宅・高齢者向け優良賃貸住宅・シニア向け分譲マンション。
ケアハウスやグループホーム、軽費老人ホーム。 そして特別養護老人ホームや介護老人保健施設、介護療養型医療施設などなど。
私達にはこんなにも選択肢があることにびっくり!!

それぞれの特徴があるかと思うが、まずは気になった「サ高住」から。
読み方は「さこうじゅう」。「サービス付き高齢者向け住宅」の略である。
「 高齢者住まい法の基準により登録される、介護・医療と連携し、高齢者の安心を支えるサービスを提供する、バリアフリー構造の住宅」とウィキペディアにあり、簡単に言うと、高齢者に特化した賃貸物件といった感じだろうか。
一般的な賃貸住宅よりも高齢者が住みやすく、借りやすいのが特徴だ。
また賃貸借方式で契約する施設が多く、多額の入居金が必要ない。入居時に支払う敷金は一般的な賃貸住宅と同様で、必要な額を差し引いて退去時に返還される。
入居条件は60歳以上の高齢者、または要介護者・要支援者であること。そのほかの条件は施設によって様々である。
費用はというと…敷金と初期費用、月額費用が必要になる。初期費用は0~数百万円、月額利用料は10~30万円程度と、施設によってかなり差がある。
また「サービス付き」のサービスとは、「安否確認」と「生活相談」のことをいう。
ただ「特定施設入居者生活介護」の指定を受けている一部の施設では、食事や掃除・洗濯のサポート、入浴・排泄などの介護、リハビリテーションなど、介護付有料老人ホームとほぼ同様のサービスをしてくれる。

メリットとしては、
1.高齢者が契約しやすい
2.高齢者が生活しやすい設備が整っている
3.介護認定のない自立した高齢者も入居できる
4.自宅同様、自由な生活を継続できるところが多い
5.選択肢が多い

デメリットとしては、
1.一般的な賃貸住宅に比べ費用がかかる
2.施設によってサービスに差がある

などなど。

施設の特徴と入居者の性格や希望、そして資産と費用の兼ね合い、地域性など、本当に色々と考えなければならない。
施設の種類によっては数年待ちなど長期の準備が必要になる。 介護に関しての準備に「早過ぎる」は無いようだ。

これをきっかけに、その他の施設などを調べてみてはどうだろうか?
私も、もう少し勉強してみようと思う。

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介護タクシーと介護サービス

以前書いた通り、母の白内障手術の準備に、隣の市にある大きな病院へ行くことが多くなった。

そこで介護保険を利用し、介護タクシーを使おうとした。
まずは役所へ向かい、書類の申請(これはケアマネージャーさんがやってくれた)。
その後、この書類を持って役所が指定してるタクシー会社と契約を完了させなければならない。

兄と私で仕事の合間に申請の手続き行ったのだが、タクシー会社との契約は病院へ行く前日になってしまった。
とは言え、書類が揃ってるのだから時間はかからないと思っていた。
けれど…
「担当者がいないので契約できません」
タクシー会社はそう言った。

担当者がいないという理由だけで、介護タクシーが使えないのはとても残念。
市が指定してるタクシー会社は、この会社1社だけだ。
また、他にも介護タクシーならある。しかし、市の指定がないタクシーでは介護保険が使えない。

私がこの街に引っ越したきた15年前、すでにシニアの多い街・ベスト3に入るとか何とか言われてた。
もちろん今も増え続けているだろう。
シニアの増加を考えると、指定の会社が1社だけでは、もう賄いきれないというのが現実だと思う。

これから、白内障の手術を片目ずつ行い、術後の経過観察と、母の病院通いは続く。
介護保険を使ってのタクシー利用は「月に○回」と要介護のレベルによって違うが、不自由なく利用出来るシステムを心から望んでいる。
必要な時にキチンと使える介護サービスをお願いしたい。そのための介護保険だもの。

より高齢化社会が進む中で、日々たくさんの課題があるし出てくる。
本当の意味で介護する側の気持ちを汲み取ってくれる介護サービスの必要性と、私たち個人でも下調べする重要性を痛感した。

皆さんの住む街はどうですか?
突然やってくる介護生活に備えて、まずは街のサービスなどを調べてみては?

笑顔で介護を過ごす日々のために。

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講演デビュー!

先月末、講演デビューを果たしました。

これまで取材やインタビューで色々とお話をさせていただく機会があり、何度も「講演はしないのですか?」と聞かれましたが、たった1人で、人様の前で話す勇気も題材もなかったのでお断りしていました。スタッフの方々からも、講演をした方が良い!と勧められていましたが、一歩踏み出す勇気がなく苦笑いしながら流していました。

しかし昨年の9月、実際に講演のオファーが来ました。今回は、介護に直面した体験・経験を素直に話してくれれば良いし、現在進行形の「生の声」を聞かせて欲しいとのこと。

実は、今まで他の方の講演ですら見た事も聞いた事もなかったため、断ろうかと迷いましたが、介護への思いを伝えたい気持ちのほうが強くありました。

いつかは必ず乗り越えなくてはならない壁。久しぶりの高い壁に直面しました。
でもあと約5ヶ月ある、5カ月あれば…そう思ってオファーを受けました。

オファーを受ける前から、いつも頭のどこかに母のことがあったからか、仕事をしていても、外出していても、家にいても、「介護」という文字が目に留まっていました。オファーを受けてからは、より意識的に情報のアンテナをはるようにしました。

講演の内容を考えていると次々とアイディアは浮かぶものの、整理できずに時間は流れ、どうにかまとまったのは前日のことでした。

そして講演当日、会場には同年代と思われる方々に、男性女性問わずたくさんご来場いただきました。
1時間の講演と30分の質疑応答。ひとりで1時間お話する自信はありませんでしたが、伝えたいことが多すぎて実際は時間が足りないくらいでした。
また質疑応答で来場者の方にお聞きすると、既に介護をされている方も数人いましたが、ほとんどが「これからはじめる方」ばかり。質問に答えるうちに、皆さんが知りたいのは、本当に日常の事だと気付きました。
例えば…義理の息子として出来ること、してはいけないこと。
介護をしている奥さんにしてあげられること。
排泄時の処置や対応など。
私個人としての体験や意見しか答えられませんが、排泄などの日常的なことは、確かに専門家に聞きづらいかもしれません。
難しい専門的な事は専門家に聞けば良いですが、日常の事はもっと身近な経験者に聞いた方が良い。
質疑応答の時間もあっと言う間に過ぎました。

ほんの少しでも受講して下さった方の参考になれば、介護を考えるきっかけになれば、私としてはとても嬉しいです。

初めての講演。反省や改善・改良をしながら、これからも「明るい介護」を伝えていけたらと思います。

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行きやすい病院とは?

冬らしい寒さが続いてます。インフルエンザも例年より遅いとは言え、流行っているようですね。母もひんぱんに風邪をひいています。
気候にしろ環境にしろ、少しの変化が体調に大きな影響を与えます。
母が寝たきりになるまで、何となく寝たきりがある意味ゴール?のように思ってました。
寝たきりになってしまうと後は日々の介護さえ頑張れば良いと。
しかしッ!現実は違ってた。寝たきりになっても、他の病気になるんです。(当たり前と言えば当たり前なんだけど)
内科などに関しては訪問ドクターがいます。
でも歯医者・眼科・耳鼻科などの病気になったら、病院へ連れて行かないとなりません。

介護タクシーは台数がとてもとても少なく、高く、予約が必要。病院を選ぶにも、車椅子での移動が可能か?診察してくれるか?なども事前に調べておかないといけません。
そんな時、我が家では体の大きな兄が連れて行きます。

でも、「車椅子でも大丈 夫」というから行ったのに、段差はあるし狭くて廊下は通れないし、待合室で移動するにも他の患者さんに立ってもらわないと進めないことがありました。

とても大変だった ようです。正直に親身になって教えてくれないと、他の患者さん にも迷惑がかかってしまうし困りますよね。

現在、母は白内障 です。87歳では遅いくらい。数年前、白内障にならないことを自慢していたけど、今になっては動けるうちになっていて欲しかったような(苦笑)
昨年の9月。視界がぼやける?という母。兄が地元の眼科へ連れて行きました。

手術が必要かもしれないから院長のいる時に再度、来て欲しいとの事。唖然としました。
事前に車椅子で行く事も伝えてあり、年齢も伝えてあった。自分の足で歩き、1人で病院へいけないのは明らか。

最初か ら院長先生のいる時に来て欲しいと案内をして貰いたかった・・・

白内障は75歳以上の2人に1人が手術が必要と言われている メジャーな病気で、87歳なら白内障の確率は想像に難くないはずです。

結局、手術が必要かもしれないのなら、手術設備のある大きな病院の方が良いだろうと、一昨年に肺気腫でお世話になった総合病院の 眼科を予約をしようと電話した。
予約が取れたのは3ヶ月後。そして昨年末、診察へ行き白内障で手術が必要と診断され、後日、ご家族の方が説明会にいらして下さいとのこと。

そして昨年末、診察へ行くと白内障で手術が必要と診断された。
後日、ご家族の方が説明会にいらしてください、とのこと。そして1ヶ月経った先日、説明会に出席。

水晶体も取り替えるらしく、手術と2日間の通院が必要。保険適用で片目3万円。保険適用外だと片目 36万円。
母の場合、通院の手間と往復の介護タクシー代を考えたら、1日入院させて貰った方が家族は助かるけど。可能なのかしら?
どちらにしても手術は早くて3ヶ月後の4月らしい。
2人に1人と数多い白内障じゃ仕方ないですね。
これからも色んな病気になるはず。

歯医者はどうなるんだろう?あの椅子に座らせるのは大変そう…。

耳鼻科は?かかりつけの耳鼻科の椅子は一段高くなってたような気がする。座らせるのがもっと大変そう…。

第一、診てもらえるのかな?考えると心配と不安が大きくなってきた。
えーい!明るく笑い飛ばしちゃおッ!

亡き父が言ってた。この世で起きた問題は必ずこ の世で解決できると(笑)

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1年の終わりに思うこと

早いもので今年ももう終わる。
大人は皆、口を揃えて「本当に1年が早いわ。あっという間」と言ってた。
一年は一年。早いってどういうことか子供の頃は全く理解できなかったけど、大人になると同じ言葉を呟いている自分に気がつく。

母が寝たきりになって2度目の年末。
大半をベッドの上で過ごす母の1年はどうだったのだろう?
「この1年、どうだった?」と聞く私に、「寝てる間に1年が過ぎたわ」と母。
そのまんまの答えに2人で笑ってしまう。

母は寝たきりになってからの方が前向きに生きている気がする。
その前の数年は口を開けば愚痴ばかりだった。
小さな親子ゲンカも多々あった。
暗くて愚痴しか言わなくなった母と暮らすのが負担になっていた。
末っ子の私が、何で母を見なければならないのか?
不満の矛先は姉兄への思いとなって募っていった。

本来の母は明るく、感情表現豊かな人だ。わがままでもあるけど…(苦笑)
嬉しい時は子供の様に喜び、怒る時は泣きながら啖呵をきる。
でも怖がりの小心者だ。
母としてしか見られない子供の頃と違って、今は1人の人間として長所も欠点も客観的に見られる。
困った時もあるが、母はとても可愛い人だと思う。

我が家に呼び寄せた70歳を過ぎての引越しでも、近所の人と直ぐ仲良くなり、気難しいと昔から評判だった人とも笑いながら話をしている。
寝たきりになって入院した時も、医師や病院のスタッフ、患者さんにとても人気がある。
コミュニケーション能力に長けている。と言えば聞こえが良いけど、根っからのおしゃべり好きだ。
それでも人の噂話や悪口、下ネタは嫌い。ふざけた、たわいない冗談が好きだ。

そんな母も寝たきりになり、死が現実のものとして近づいたら変わった。
ある日、一時的な身体のトラブルに、母が「死ぬかと思った」と。
「ずっと愚痴ばかりで死にたいと言ってたんだから、本望じゃん」と意地悪を言ってみた。
母は怒った、怒った。
こんなにも生きることに執着してる母を見て、大丈夫だと確信した私がいた。

最近は「なかなかお迎えが来ないわ」と穏やかに笑いながら言う母に、
「予約出来ないから。待つしかないね。まぁ今更、慌てなくても」と、笑いながら答える。

我が家の介護生活も、なんだかんだとトラブルもあるし面倒だし、手間も時間もかかる。
それでも何とか、本人と家族が協力し、妥協しあい、それなりの生活になり落ち着いている。
とても幸せだと思う。

元旦、兄は仕事かもしれない。私は旦那と義母宅へ行かなければならない。
母は元旦の半日は1人で過ごす事になるかも。
普段は別としても元旦くらいは側にいてあげたいと思うけど無理。
そこは母にも我慢して貰うしかない。きっと母は笑いながら「大丈夫よ」と言ってくれるだろう。

今でも早く歩けるようになって、2階のリビングで私の愛犬、蘭丸と杏と遊ぶんだ、という目標を諦めていない母。
来年こそは、そんな母の目標が半分でも叶えば良いなと願う。

皆様もどうぞ良いお年をお迎え下さい。

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気付き、理解することの大切さ

ふと気がつくと?「おせち予約開始」のポスターや「クリスマスケーキ」の特集など、年末に向けて忙しくなってます。
寝たきりの母、寒いとベッドから出る機会がグンと減り、回復してきた筋力が少しずつ落ちてしまうのがとても心配です。

先日、TVで認知症の特集を見た。

母が寝たきりになり、介護が必要だと告白してから、介護に関する仕事の依頼が増えた。
その三分の一は、勝手に母が認知症だと思い込んだもの。
世の中は、介護=認知症という認識が強いのかもしれない。昨年、母は骨粗しょう症による圧迫骨折で入院。これが母の寝たきりの始まりだが、入院から10日後、さらに状況が変化した。

母は私が出演する番組を、いつも楽しみにしている。
放送を忘れないよう、ちゃんと詳細をメモにして渡している。だがこの後日、母が一言「なんで恵利ちゃん、ニュース番組に出てたの?」と。
私はこの時、ニュース番組には出ていなかった。
日にちも時間も番組も間違っていたのだ。何より1番の問題は、娘の私を認識できなかった事。

さらにずっと前に亡くなった父について、「お父さん、家で何してる?」と言われた時には、足元を掬われるような感覚に襲われた。母が認知症になった…。

慌てて退院させると、少しづつ元に戻っていった。後で知った事だが、せん妄という病気だった。急な環境の変化によって高齢者が一時的にこのような症状になると言う。
今は、もちろん年相応の物忘れもあるが、シッカリしている。

でもッ!!介護は突然やってきた。認知症はゆっくりと進行するらしいが、素人が気付く頃にはハッキリとした認知症なのかもしれない。もう少し認知症を勉強しておこうと思った。

TVの特集では、司会者・アシスタント・専門家の他に、2年前41歳で認知症と診断された方がスタジオにいらした。

印象に残った言葉が…
「なんで怒られてるか分らない。だから怒りになるんだ」と。
認知症の方の言う事を否定してはいけないと言われても、日々の生活に追われていると難しい。
でも認知症の方は、全てが分からなくなるわけじゃない。怒られている原因は忘れても、怒られてる事は理解する。

認めてあげて褒めてあげると、暴力や暴言が落ちつくらしい。

思い返せば、母は幼い私を褒めてくれた。恥ずかしいが、今でも褒めてくれる。
いつか母が認知症になったら、頑張って褒めてあげよう。

そんな認知症の人々を地域ぐるみで見守り、介護先進国のオランダが視察に来たくらい、凄い町がある。

それも日本に!!静岡県富士宮市。
認知症と診断された1人の男性を助けようと、数年前に始まった小さな運動は、大きく大きくなって街全体に広がったそうだ。
なんて素敵な事だろう。とても誇らしく思えた。
いつか、日本中が安心して老後を過ごせる街に、国に、なりますように。
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国際福祉機器展のこと

すっかり秋です。冬の足音さえ聞こえ始めているような…。
本当に月日が経つのは早いもので、私の介護生活も1年が過ぎました。

1年経った今でも介護と介護用品は分からない事、知らない事ばかりです。
ということで、10月7日から国際展示場で開催された「第42回国際福祉機器展」へお勉強に行って来ました。

シニアや、障害者の方、そして介護する側に優しく便利な物ばかりです。
大きなものでは、バリアフリーの住宅や車椅子のまま乗れる車からベッド。
日々の生活に密接に関わる商品の中には、柔らかく煮てあるお惣菜のレトルト食品やステッキ、選びきれない種類のシルバーカー。
食器にしろ、靴にしろ、本当に種類が多い。
大きな会場に所狭しと、ブースがひしめき合っていた。

なのに私が感じたのは…
これらの商品は何処へ行けば買えるのだろう?

普段、買ったことの無いものでも、何となく売ってるお店は検討がつく。赤ちゃんのものなら大手の専門店が思いつき、デパートでの赤ちゃんのコーナーの食器セットや肌着などのギフトセットが浮かぶ。

高齢化社会や介護問題を、マスメディアや友人・知人から毎日のように目にし、耳にする。それでも、それらの商品がどこで、どんな風に売られているのかな。
今回、一緒に取り組むカインドウェアの介護用品の売り場はデパートにあるので、今度行ってみよう。
まだまだ自分がアンテナをはらないと、介護用品の情報は手に入らないのが現実。

ネットで調べようにも商品の名前が分からない。皆さん、知ってます?
うがいした後の水を吐き出す瓢箪のような形をした受け皿?の名前を。
(うがい受け、ガーグルベース、じゅすいぽん など)

器用で勤勉な日本人が作った介護用品は、機能性と利便性、共に最高の物ばかり。でも、もう少し、ファッション性を取り入れても良い時期に来たような気がします。その手助けが少しでも出来たらと痛感しました。

明るい介護を目指す為に。

 

訂正
「じゅすいぽん」は正しくは「じゅすいぼん」でした。失礼いたしました。
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出会い…そして、これからの大切な繋がり

株式会社カインドウェアとの出会い…。

私と株式会社カインドウェアとの出会いそれは、私が母の介護を実践している中で、本当に出会うべくして出会った企業でした。カインドウェアは、今から20年前の起業100周年を機に、これからの高齢化社会を見据え、ヘルス&ケアの事業立ち上げ、その市場を切り開らかれてきた企業なのです。

これからの“介護”という誰もが通らなければならない状況下で、私自身が自分の実践をもとに何か発信出来ないか?と考えていた時に出会いました。

このコラムを通して、皆さんと情報を共有させていただけたら嬉しく思います。

又、カインドウェアとの出会いをきっかけに、ERI NITTAが実践でこんな商品があったらいいな?と思っていた自身が欲しい商品開発も行っていく機会をいただきました。

母の介護に直面…。

突然、私は母の介護に直面しました。

何が起こったのか?分からないくらい、心配な気持ちで心が張り裂けそうになりました。どうしたらいいのかも、分からなくて悩んだり、迷ったり、そして戸惑いもしたけれど、今は、本当に素直な気持ちで、現実をしっかり見つめ受け止めています。

今の自分は、外から見るとそれは、ある意味よくある介護生活なのかもしれません。でも私は今、母とともに過ごす時間が何よりも大切で、素敵な時間になっている事を実感しているのです。

母の笑顔に出会う事。そんな普通の毎日がとっても嬉しい。

介護というと重いイメージがあるけれど、毎日一緒に過ごせる時間を大切にしています。

母の笑顔が見たいから…。
親子の繋がりの楽しい時間を持ちたいから…。
そしてそれが大切な時間であるから…。

私はそんな環境の中、今母と娘の新しいLIFE STYLEを楽しみながら、毎日を過ごしています。心・気持ちを常に明るく持つ事で、楽しいライフスタイルが始まります。

大好きな母のために…。

 新田 恵利

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